「全日本人味噌汁椀輪島塗化計画」ブログでは、輪島塗の食器をもっと普段の食卓で使ってほしいと願い、とくに味噌汁椀こそが輪島塗の魅力が一番伝わると考えている田谷漆器店・田谷昂大が、輪島塗の良さや使い方、味噌汁椀をはじめとするお勧めのアイテムなどをご紹介していきます。
「輪島塗」といえば、特徴の一つとして妥協を許さない輪島塗独自の作り方にあります。そこで今回は、輪島塗がどのように作られているかについて、ご紹介したいと思います。
目次
1.分業制による製造工程が支える輪島塗の高品質
2.漆器の用途別に専門職がある《木地》のしごと
3.ほかの産地にはない輪島塗の特徴、《下地》のしごと
4.漆を使い分け、最後の仕上げ。《中塗り・上塗り》のしごと
5.蒔絵、沈金。伝統工芸・輪島塗の技が光る《加飾》のしごと
1.分業制による製作工程が支える輪島塗の高品質
輪島塗の漆器の大きな特徴の一つとして、専門化した職人たちによる「分業制」が挙げられます。
124にもおよぶ製造工程では、それぞれに特化した専門の職人たちが技を施し、職人の手から手へと渡されていきます。
こうした一子相伝の技術を家業とする職人たちの家が軒を連ねる町並みは、輪島独特の光景といえるでしょう。
輪島塗の工程を大きく分けると、次のように分類されます。
企画・デザイン(意匠)
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木地(きじ)
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下地(したじ)
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中塗り(なかぬり)
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上塗り(うわぬり)
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加飾(かしょく)
まずは、《企画・デザイン(意匠)》について。
輪島塗では「塗師屋(ぬしや)」と呼ばれる親方衆がいて、受注から企画・デザイン、職人たちの取りまとめ、販売にいたるまで、トータルプロデューサーの役割を担っています。
オーケストラでいえば指揮者にあたり、私たち田谷漆器店も塗師屋の一つです。
輪島塗がブランドとして確立された江戸時代には、塗師屋が行商先から最先端の流行やニーズを持ち帰り、デザインに反映させることで、洗練された漆器として名声を高めていったようです。
その後、時代やライフスタイルの変化に応じて輪島塗も進化を遂げ、近年ではスマホケースやペンダント、万年筆など、さまざまな輪島塗の製品が開発されています。
こうした時代の流れやニーズを汲み取りながら、塗師屋を中心にプロダクトを考え、工程ごとのプロフェッショナルである職人たちの手を経て、製品となっていきます。
■Point
専門の職人たちと塗師屋がオーケストラとなって、一つの作品をつくり上げる
2.漆器の用途別に専門職がある《木地》のしごと
漆器のベースとなる《木地》は、「木地師」と呼ばれる専門の職人たちによって作られます。
器の用途によって4種類に分かれ、輪島ではそれぞれの技法を専門とする職人がいます。材料も、木地の種類によって最適な木材が選ばれています。
4種類の木地には、どんなものがあるのでしょう?
■椀(わん)木地/挽物(ひきもの)木地
ロクロを回転させながらカンナで挽いて椀、皿、鉢、茶托など丸い形の木地に成形。削る音や手に伝わる感触を頼りに削り出し、光をあてると繊維が透けるほどの薄さに。まさに熟練職人のなせる技といえます。材料にはケヤキ、ミズメザクラ、トチなどが使われます。
■刳物(くりもの)木地/朴(ほお)木地
ノミやカンナを用いて材料をくり抜き、思い通りの形を削り出せるため、複雑な曲面が多い座卓や花台の足、銚子の口、スプーンなどに用いられます。材料はホオ、アテ、カツラなど。
■指物木地(さしものきじ)/角物(かくもの)木地
板状にした材木を組み合わせ、重箱や弁当箱、膳、硯箱といった箱物などを作ります。主な材料はアテ、ヒノキ、キリなど。
■曲物木地(まげものきじ)
薄く加工した柾目板(木目が縦に通った材料)を水に浸して柔らかくして曲げ、丸盆やおひつ、弁当箱などを作ります。材料はアテ。ヒノキ、ヒバなど。
それぞれの木地では、原木を大まかな形に削り出した後、2カ月〜1年ほど乾燥させて余分な水分を飛ばします。
こうすることで、木地の変形や完成後のひび割れを防ぎます。
ちなみに、百貨店の食器コーナーなどに並ぶ漆器の中には安価な商品もあり、「同じ漆器なのに、どうしてこんなに値段が違うの?」と疑問に思われたことはないでしょうか?
そうした市販品は大抵、中身がプラスチック、あるいはおがくずなどを樹脂で固めて成形したものが用いられているので、注意が必要です。
■Point
用途に合わせて材料を選び、時間をかけて作られる木地が、丈夫な輪島塗を支える
3.ほかの産地にはない輪島塗の特徴、《下地》のしごと
ここから《下地つくり》へと入っていきます。
輪島塗の特徴として「本堅地(ほんかたじ)」と呼ばれる漆器の伝統的な下地技法があり、輪島はこの技法を継承しながら質の向上を図り、伝統として定着させました。
実際にはさまざまな工程を踏みますが、ここでは簡略化してご紹介します。
まず生漆(きうるし)を塗って木地の表面を磨き、
木地の欠けやすい部分に布を漆で貼り付ける「布着せ(ぬのきせ)」を行います。
次に一辺地、二辺地、三辺地と呼ばれる3段階に分けて下地塗りを施しますが、これを総称して「惣身(そうみ)地付け」と呼びます。
塗師(ぬりし)や研ぎ師(とぎし)の腕の見せどころです。
惣身地付けでは、漆に「地の粉(じのこ)」を混ぜた下地漆(したじうるし)を用いて、塗師が下地塗りを施します。
地の粉は輪島市で採掘される珪藻土(けいそうど)を焼成・粉末化したもので、輪島塗の下地にのみ用いる材料。断熱性に優れ、漆と結びつくことで、丈夫な塗膜を作ってくれます。
下地漆に混ぜる地の粉の粒子は、惣身地付けの段階ごとに粗いものから細かなものになります。
また特に丈夫に仕上げたい縁などには、部分的に生漆を塗りつける「地縁(じぶち)引き」をします。これも輪島塗の伝統技法です。
どの段階でも必ず、下地塗りを終えると時間をかけて乾燥させます。
そして乾いたら、研ぎ師が研ぎを施して、次の地付けで下地漆がなじみやすくなるように表面を滑らかにします。
このような作業を3段階に分けて繰り返し、下地漆を丹念に塗り重ねることで、漆がしっかりと浸透します。
3段階の下地塗りが終わったら、最終的に研ぎ師が様々な砥石を使い分け、つるりとした手触りになるまで研ぎあげて、下地づくりを仕上げます。
こうして、輪島塗の漆器らしい硬度や、きめ細やかな肌合いの下地が完成します。
■Point
塗り・着せ・乾燥・研ぎ。繰り返しの作業がうみ出す、最高の強度と風合い
4.漆を使い分け、最後の仕上げ。《中塗り・上塗り》のしごと
続いては、《中塗り》の工程です。
高純度で油分を含まない中塗漆(なかぬりうるし)を、刷毛で器全体に塗っていきます。
「生きる塗料」といわれる漆は、天候や湿度によって固まり具合が左右されるため、塗師(ぬりし)は経験をもとに最適の粘り具合を調整してから、塗りの作業に入ります。
塗り終えた器は一定の温度と湿度のもとで乾燥させ、研ぎ師が表面を平滑になるまで水で研ぎ(中塗研ぎ)、不純物を取り除いて布で磨き上げ、中塗りの作業が完了します。
そして、塗りの最終工程となる《上塗り》では、最上質の漆をろ過させた上塗漆(うわぬりうるし)を、刷毛(はけ)で塗ります。
器にホコリやチリがつかないよう、作業は外気を遮断した部屋で行われ、たとえ真夏日であろうと、エアコンは禁物。塗師は細心の注意を払いながら、塗りの作業に集中します。
塗り終えた器は、「塗師風呂(ぬしぶろ)」と呼ばれる杉板の収納庫に納め、漆が一定の厚さとなるよう自動回転装置を定期的に作動させながら乾燥。
こうしてようやく輪島塗は完成します。
無地の場合はこのまま製品となり、文様など絵柄を施す場合は、この後に《加飾》という工程が加わります。
■Point
細心の注意をはらい、ホコリ一つない均等な厚さの塗面に仕上げる
5.蒔絵、沈金。伝統工芸・輪島塗の技が光る《加飾》のしごと
「堅牢優美」と称される輪島塗の特徴を支えるのが、蒔絵や沈金をはじめとした美しい装飾を施す《加飾》です。
彩りを添えることで、漆器に新たな魅力が加わります。
加飾のおもな技法として、
・呂色(ろいろ)
・蒔絵(まきえ)
・沈金(ちんきん)
などがあります。
・呂色
上塗りした面を研ぎ炭で磨いては生漆を摺りこむ作業を繰り返し、鏡のような透明感を出していきます。最後に呂色師(ろいろし)が自身の手で器を磨き上げることで、漆特有の奥深く艶やかな光沢が引き立ちます。
・蒔絵
漆をつけた筆で器に文様を描き、乾かないうちに金銀の粉を蒔きつけ、漆の粘着力で文様を定着させます。文様を高く盛り上げて立体感をつける「高蒔絵」などの多彩な表現が可能で、貝殻の破片をはめ込む螺鈿(らでん)も蒔絵の技法の一つ。いずれも蒔絵師(まきえし)の仕事です。
・沈金
沈金師(ちんきんし)がノミで器を削りながら文様や絵柄を彫り込み、できた溝に漆を塗って金箔や金銀粉を押しこみ、装飾を施します。基本となる線彫りや点彫りだけでなく、刃先の形状や彫る角度によって、変化をもたらすことができます。
この沈金は塗り重ねた漆に十分な厚みがないと成り立たないため、漆をたっぷり塗り重ねる輪島塗には最適で、輪島塗の特色の一つとなっています。
いかがでしたか? こんなに面倒なことをやっているのか! と驚かれたかもしれませんが、ここでご紹介したのは、工程のごく一部に過ぎません。
国産の希少な漆や材木を吟味し、職人たちが五感を研ぎ澄ませて技を施し、膨大な時間をかけて作り上げていく。
効率化が進む現代のプロダクトとは逆行した独特の作り方こそが、世界に誇れる輪島塗のブランドを支えているのです。
【田谷漆器店・田谷昂大】